そして私は書くことを決めた

思い返してみると、私は書くことに対する憧れを昔から持ち続けていた。

小学校の卒業式では、ひとりずつ卒業証書をもらった後に自分の将来の夢をその場の聴衆に向かって叫ぶという、地獄の罰ゲームのようなタスクがあり、私はなぜか「将来小説家になりたいです」と叫んだのだった。

両親も友だちも予想していなかった「私の夢」、皆の前で叫んだにもかかわらず誰からも突っ込まれず、今ではもはや誰も覚えていないだろう。卒業式の後にクラスメイトから書いてもらうメッセージカードに、ほとんど話さない男子生徒がひとり「小説家になれるようがんばれ!」と書いてくれて、「少女漫画みたい…」と思った記憶はある(そこから何かが始まったわけではない)。

 

私は別に文章が得意なわけではなかった。

成績はよくて、国語の授業もソツなくこなしていたけど、いわゆる「人の心に響く」文章を書ける子ではなく、文章力と言われるものにはコンプレックスがあった。

言われたことをやるのは得意だが、「自分の思ったことを自由にのびのびと」表現することは苦手だった。だから表現者である小説家に憧れていたのだろう。

 

あの小学校の卒業式から20年近くが経って、小説家ではないけれど、言葉を使って人にモノを伝える仕事をしている。にもかかわらず、やっぱりアウトプットが下手な私のままである。

 

憧れだけは募っているので、もう10年以上、手書きメモと称してA5ノートにいろんな記録や感情を書き溜めてきた(小説を書くほどの度胸や技量はない)。

人には見せないので、周りからは「閻魔帳」「デスノート」だと思われている。閻魔帳のままでもいいのだけど、問題点がふたつ。

1.検索できない

2.自分以外の誰かに向けて書いている想定をしないとアウトプット用の文章にならない

 

evernoteに手書きメモを移行して検索できるようにしようかとも考えたけど、やっぱりアウトプットの練習にはならなかった。人に思いを伝えることが、私には「文章を書く」良い動機になるようだ(これまでは手紙やメールだった)。

内容がどんなものになるかは未知数。

でも「自分をのびのび表現する」練習を今になってここでするのも、良いのかなと思っている。